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離島 めぐり

沖縄最大のタブー

久しぶり京都行ってきました。左は平安神宮。
小作貧農、離れ小島を追い出された 少年が 現在に続く
400年の琉球王朝を築く、実話の歴史物語を書いたのもこの京都の眺めがそうさせたことを思い出した。
謎解きのカギは京都にあった!!
そして、そして なんと 琉球王国は ヤマトの応仁の乱のきっかけでもあった!!
 沖縄 琉球王国の 始祖王 尚円は、
なぜ、秀吉をしのぐ 成り上がりが 皇帝になれたのか?
なぜ、家康をしのぐ 400年王朝が 作れたのか?
琉球の王が、京都室町幕府の将軍に会っていた!!
謎のおおい、応仁の乱 の 背景に 琉球王国があった!!
400年琉球王国の成立に手を貸した 交易勢力とは???
どうして 琉球王朝は 応仁の乱から明治維新まで 長きにわたり 国を治められたのか?
謎に包まれた
 実在の人物 「尚円王」のタブーに 迫る 物語は、
沖縄最大のタブー 琉神 「尚円」 で 解き明かされます。
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 左は琉球王も参内した京都御所、            右は、清水の舞台で有名な 清水寺。

入島禁止の島に行ってきた!

2017年 世界遺産になって 全面入島禁止になったと聞き、宗像神社の沖ノ島に行ってきました。
沖ノ島へは、五島列島の上五島空港から、壱岐空港、そこからはひたすらを維持し我慢のフライトでした。
その五島列島には、日本の原油の一週間分を備蓄するフロート基地があります。それがこれ。
そして、やっとたどり着いた 沖ノ島の 表の画像は、ニュースにも取り上げられた もので、記憶にある方もいらっしゃるでしょう。
で、今回面白かったのは、ほとんど知られていない島の裏側です。なんと、断崖絶壁の途中に構造物の気配が!!
写真では、わかりにくいのですが、右端の断崖の真下から、左の方向に線が伸びているのがわかると思います。この道の途中に祠のようなものが見えたのですが、何でしょうか?
これ以外の画像は、フォトギャラリーにそのうち公開しますので、ご覧下さい。
この沖ノ島、玄界灘のほぼ中心に位置し、まるで富士山のようにポッコリと海の上に飛び出しています。航海の目印にもなるし、海の防衛の要にもなります。そこに、宗像神社ができ、国宝級の遺跡や遺産が埋蔵されているというのはよく理解できました。そして、その島の裏側に回ってみて、多分この写真の中央あたり、たぶん、まだ発掘されていない場所があろうことも想像できました。謎の量だけ、ロマンがある、そんな神聖な島でした。

伊是名島

今年夏の思い出で 一番の ものは 伊是名島だった。 ここ伊是名は、 写真のような ピラミッド伝説で有名。
空からの ピラミッドは、 ユーチューブで 見てくださいね。
山下 智之 YOU TUBE 
ここ伊是名は、尚円王物語や、伊ざなぎ の尊 伝説、天皇家とのつながりなど、神秘に飛んだ島だった。
飛んでみて わかったのは、琉球王国のもっとも重要な輸出品である 硫黄を 一番産出量の多かった、 硫黄鳥島 から、那覇の泊港(琉球貿易の中心地)まで運ぶのに、ちょうど中間点にあり、写真のように ピラミッドのような山があって海からすぐにわかりやすいということ。当然、当時から交易の中間地点として、情報や技術が集まったはず。その情報の中に稲作文化が入っていたとしても不思議ではなく、稲作農耕文化を背景とした天皇家の歴史と結びついていても不思議はない。
この伊是名島には 空港はない。あるのは、伊是名村が所有する 伊是名場外離着陸場という、私設の道路で、勝手に降りてくださいよと言うものだけ。そして、私たちは、その場外に、航空局から離着陸の許可をもらい、その離着陸場が米軍の訓練空域のため、米軍から侵入許可をもらい、伊是名村からはその所有者として利用の許可をもらい、やっとこ、半年がかりで着陸できました。これが、私なりの今年のメインイベント。 左の画像が、記念すべき 最初の着陸達成時のもの。どこに駐機しようが勝手にどうぞと言う感じ。多分、アメリカで自分の飛行場を持ったらこんな感じなんだろうなと言うのを味わいました。 そんな大変な作業の中で、助かったのは、伊是名村の方々の協力。

琉球の空

久しぶりに 沖縄に行ってきました。
南の空は、島の上にはほとんど雲があります。
高度を取って進むと、降りる島の手前から降下処理をしておかないと、島の上空で雲のため降りれなくなるということもあります。
かといって、ずっと低い高度では、添付の写真のような美しい情景は堪能することができません。
高知手前の上空で夕日に染まった様子は、美しく 忘れられません。
後ろの九州側が、昼間、前方の四国の方は、もう夜。
夜と昼の境目です。
一人、楽しんできました。
沖縄で、伊是名場外離着陸場や、慶良間など、着陸の様子、



にアップしています。 どうぞ お楽しみください。

低い雲

東京の低い雲は 息をのむほど 美しかった。
月明かりと、街の光に 浮かび上がる ほのかな 浮遊体からは カサブランカの 花の香りさえしてきそうだった。











空中で 出会う 低い雲は、 こんな感じ。
淡路島の東端 淡路市 上空あたりで 出会ったもの。
つい、近寄ってみたくなるが、VFRのため、これが限界。









長らく 更新していなかった お詫びに
おまけの映像。
低く光る物体は UFO?
さてなんでしょうか?

答えは 飛行船

対馬 防衛の島

対馬 行ってきました。なぜか 中国系の方が別荘をということで、海に接した約3000坪の候補地を見てきました。対馬は、山ばっかりです。驚きました、どこに別荘を建ててもたぶん外海からそれを見つけるのは無理。要塞のような基地のような建物を想像してしまいました。施主さんは、自分の船をつけられて、眺めがよくてということですが、そういったニーズにはぴったりの土地。上から見ると、よくわかります。たまたまホテルの夕食時に隣に来られた横浜の大学教授にお聞きしましたが、対馬って山が多すぎて大昔から稲作はほとんど無理。そのかわり、豊穣の土地である大和の防衛ラインとしてやたら神社が多いそうです。空から見ると、島根の出雲大社は半島からわたってきた昔の先進文化人が大和の本土に上陸して一番沿岸地帯の高い山を最初の上陸拠点にした地形がよくわかります。で、対馬は、その前の海上の拠点でしょうか。逆に大和朝廷が本土を統一してしまえば、異文化の大陸からの侵入をこの東シナ海の海流がぶつかる対馬で防衛監視しようとしたのもうなずけます。今ならさしずめ、沖縄の基地のような感じだったのでしょうか?昔の神社は、出城のようなそして、地域社会への給付金の窓口のような(今の沖縄振興基金みたいな)役割があったそうです。で、その多い神社の大元締めが、伊勢神宮になるそうですが、いつも、空から歴史を感じ飛んでいると、どうして、伊勢神宮が日本の地場信仰の中心になっていったのかずっと疑問でした。京都や奈良は、盆地、交通の要所ですぐ理解できますが、どうして 伊勢なの?というわけで、聞いてみました。教授の話によれば、最初に稲作文化が上陸したと思われるこの対馬では、稲作は根付かずその代り、稲作の恵みのおおもとである太陽の上る方向(つまり東)を目指して、まっすぐに東に向かえば伊勢神宮にぶち当たるというのです。つまり 対馬と伊勢神宮は緯度が同じ!!!?? だから、稲作文化を携えてやってきた先進文明人が東へ東へと進み、それ以上行けなくなったところで、文化の拠点としたというのです。

針尾 通信書跡 大和の時代の遺産

写真をご覧ください。 佐世保市街地の南、約3マイルに わかりますか? 3本の 巨大な建造物。高さ約170メートル。 航空地図にも ちゃんと 出ています。 これ、 大正時代!! に作られた 針尾 電波塔です。 詳しくは、ウィキ でも出ていますので、見てください。 とにかくでかい。戦艦大和の時代の電波塔。永遠のゼロ に出てきそうな、というか、その時代に まさに現役で、ゼロ戦の出撃命令なんか、この塔から発信されていたのではないかと思います。 空から見て、そして、すぐ近くの 大村湾は 真珠湾攻撃の時の訓練に使われたとか聞きました。ゼロの 戦士たちも、こんな空からの 電波塔を 見つめていたかもしれません。悲しくも、さみしい、胸のつまされる光景です。 で、しびれました。このあたりを管制している長崎TCA に連絡して、ここで旋回を何度かさせていただきました。同じ空間を ゼロも飛んでたかもなー。何とも言えない感傷に浸りつつのフライトでした。このときは、ある外国人の方が、対馬で別荘用地を探しているということで、飛んで、その用地を確認してきました。対馬から、佐賀空港に向かう途中の眺めです。その対馬は大昔大和朝廷時代から江戸にかけての防衛の要。今は、韓国からの観光客が多く見えられます。そして、佐賀に向かう途中、下の写真のような軍艦が停泊しているのを発見。

二個玉 低気圧

二個玉低気圧 でたー!!屋久島、種子島からの帰り、予定では月曜日1月26日のはずだったが、怪しい低気圧に挟まれて飛べませんでした。天気図を見ると、きれいに二つ 北と南に低気圧が並んで日本列島を西から東へ。たしか、免許取得時に教わった 二個玉低気圧。これが出ると、地表の空気の流れが急になり、大荒れの天気になると 確か 教わった。案の定、その日は、爆弾低気圧。九州南部では、一か月に平均降る雨の60パーセントが一挙に押し寄せた。飛ばなくてよかった。翌日は、低気圧の通過と同時に快晴の穏やかな天候に。宮崎を経由して、できるだけ高度を高く、7500フィートくらいを維持して足摺から安芸市上空友が島を目指す。西風のせいか宮崎から一時間足らずで神戸市に。同乗した皆さんはぐっすりお休みのまま関西空港エリアに近づく。神戸空港周辺はまだ少し低気圧の影響が残っていたのか、がたがたと揺れを感じる。途中起きてしまったコーパイ席のお客さんにお願いして、神戸空港の着陸前滑走路をとっていただいた。この映像は、いつも見慣れrているとはいえ、操縦しながら撮影するのは無理なタイミング。着陸操作で手が離せません。無言の中でも、隣で、何枚も撮っていただいた。ちゃんと、パピが 赤々白白 、 オンパスでよかった。

新潟 佐渡 フライト

セスナ パイパー 自家用機 離島 温泉 めぐり 新潟 佐渡島 空港9月 神戸空港 午前11時発 新潟空港 午後1時30分 到着 能登半島を横断し、自衛隊の小松基地などと 交信しつつのフライト。新潟は国際空港なので緊張した。降りてみると ほかと変わらず ただ 小型機エプロンからターミナルまで 歩く距離が他より長いように感じる。 給油は問題なし。北海道に行くには、この新潟で給油したのちに行くので、その練習と、新潟市中心の土地を見に来た。市内は、ホテルも充実し、駅前の テキーラ専門店は おいしかった。 ソフトシェルクラブに テキーラのカクテル それで、十分な感じ。翌日あまりにも日本海を感じなかったので、帰りに 佐渡島によってみた。新潟から佐渡までは、10分程度。少し曇りがちのなか、山の迫る 佐渡空港に降りるのには、注意が必要。風のせいで、山側からの侵入。着陸してびっくりなのは、空港旅客ターミナルビルのすぐ前に駐機指定されたこと。写真は、定期便などで乗り降りする乗降口から自分の飛行機をとったもの。すぐ前に止まってるのがわかる。聞くと、去年の12月を最後に現在定期便は乗り入れしていないとのこと。飛行機のこない空港に以前のままの職員4名ほどが常駐している様子。そのうちこの滑走路わきに 自家用機をそのまま自分の家の前に止められる別荘を開発してみたいものだ。佐渡には、温泉も豊富で、魚もうまい。タクシーを呼ぶと すぐに来てくれて、地元の温泉に20分ほどで行った。帰ってくると、東京の大学生男子2人組が空港を見学に来ている。飛行機好きということだったので、せっかくだからと、佐渡空港の場周経路を飛んであげた。空港から5マイル以内を飛ぶのには、フライトプランの提出は要らないので、彼らもそんなに自由なんですか!!と驚くばかり。どうか パイロットとか、飛行機関係の仕事に彼らが付きますように。楽しかった思い出は こちらも十分いただいた。帰りに、着陸時の無線の不手際を詫びる(ランウェイをクリアしたら一報するよう言われていたが、あんまり 静かな空港だったので、忘れた)無線を入れて、かわいい声の女性管制官に別れを告げ、(仙台の管制室にいるらしい)関西方面に帰る。 佐渡で温泉入った後、夕方には、神戸を車で走っていた。

屋久島

セスナ免許 自家用機で 快適 リゾートライフ 2014年8月 屋久島 空港 
晴れ 八尾空港を 午前11時25分離陸
神戸空港管制圏を北側に避けたのち、淡路VOR に向かう。
洲本市の南は、ともがしまVORまで、関西空港のPCAのため、できるだけ西に進路をとるが、3000フィートまでの低空でないと、関西アプローチに振られて、行きたい方向に行けない。高度を低く飛ぶと、洲本南の山が気になる。結局友が島3マイル西のPCAぎりぎりを通過。徳島の東7マイルほどから高度を一挙に6500フィートまで上げて、宮崎に向かう。宮崎の給油はいつも空いていて、すぐに来てくれるのでうれしい。
宮崎の航空大学校の練習機無線を聞きながら飛行するのも楽しみのうち。午後1時15分頃宮崎到着、給油と昼食を済ませて、午後2時10分 宮崎を離陸、屋久島までは約40分。写真は、屋久島空港。午後2時屋久島到着。
屋久島の宿は、いつも JR屋久島ホテル。一年前に内装を完全リニューアルしており、とても気持ちいい。そして何より、温泉のお湯がすごい。いろいろ行ったが、ここほどぬめりが強く、まるで化粧水か薄いボディオイルに浸かっているよう。
機会があればぜひお勧めです。
 
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